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グローバルM&A - BEPS導入に際し、買収側が認識しておくべきこと

Tax Insights for business leaders No.16 掲載記事

服部 孝一
EY税理士法人 トランザクション タックス パートナー

はじめに

経済のグローバル化と企業の旺盛な投資意欲を背景に、全世界ベースでM&A(合併、買収)が勢いづいています。 2015年から好調が続いていますが、2016年も後半にさしかかり、M&Aについて租税の観点から新たなチャレンジが注目されつつあります。 それは、企業や富裕層の課税逃れに歯止めをかけるべく各国が導入を急ぐ新しい国際租税ルール、BEPS(Base Erosion and Profit Shifting = 税源浸食と利益移転)プロジェクトです。

OECD(経済協力開発機構)が旗振り役として策定したガイドラインには15の行動計画があり、その多くがM&Aに影響を及ぼすと考えられます。 グローバル企業はM&Aを検討する過程で、これまで以上にタックスリスク(税のリスク)を意識する必要性が出てきました。

ファイザーによるアラガン買収の顛末

2015年11月にアナウンスされた業界最大手であるファイザーによるアラガンの買収は、2016年中においても、かつ、製薬業界としても過去最大規模のM&A案件となるはずでしたが、 2016年4月にファイザーから発表されたアナウンスによると、買収の撤回という顛末を迎えることとなりました。 プレスリリースによれば、「米国財務省の新たな規制導入のため」と説明されています。これは一体、何を意味するのでしょうか。

このM&A事例では、高税率国である米国の会社のファイザーが低税率国であるアイルランドの会社のアラガンを買収し、本社をアイルランドに移転をする、いわゆるコーポレート・インバージョンという税務テクニックを駆使することにより、 グローバルベースでの節税効果が見込まれていました。 しかし、米国財務省による節税目的のコーポレート・インバージョン封じ込めの格好の標的とされてしまったかのような報道が多く行われています。 これは米国独自の話という訳ではありません。

このM&Aが仮に数年前に公表・実行されていた場合、もしかして上記のような規制強化や封じ込めはなされずに、事情は大きく変わっていたのかもしれません。 しかしながら、現在及び今後においては、米国のみならず、全世界ベースで税制/規制強化を受け止めざるを得ないと言えます。 すなわち、今後はM&Aの領域においても、BEPSの影響を考慮する必要があります。

M&A自体は今までも様々な面で決して単純なプロセスではありませんでしたが、BEPS対応によりその複雑性にさらに拍車がかかることが想定されます。 ざっと例示しても、買収前におけるデュー・ディリジェンス、買収手法ストラクチャリングの検討、買収ターゲットのバリュエーション、買収後におけるオペレーション/サプライチェーンモデルの統合・構築・修正、税務コンプライアンス及びレポーティングはその影響を受けることが考えられます。

定性的な風評リスク

2016年4月にEYが実施したGlobal Capital Confidence Barometer調査(図表参照)によると、M&Aの動向は引き続き活発です。 こういった傾向の中、冒頭のファイザーのケースのように、「合法的」かつ積極的な税務プランニングを駆使してM&Aを行うことにより、少しでも買収価格のアップサイドを狙う動きは常にあることが想定されます。 それにより得られるベネフィットよりも、払うべき風評リスクの代償がある可能性も、同時に秤にかけて検討すべきことがますます重要になると考えられます。

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(※画像をクリックすると拡大します。)

上述のような規制強化傾向の中では、仮に買収ターゲットが適用を受ける各国税法に基づき適切に(「合法的に」) 納税を行っていたとしても、税務当局を含む世間一般がそのように受け止めるかは必ずしも定かではなく、BEPSが求める税の透明性の下で、疑義を常に向けられていることを認識する必要があります。 M&Aの買収手法として、株式買収の場合は買収ターゲットの過去の潜在的租税債務リスクを承継する一方、事業(資産)買収の場合にはターゲットの過去の租税債務リスクが遮断されるのが一般的です。 事業(資産)買収を選択し、税法上は過去の潜在的租税債務リスクを遮断できたとしても、風評リスクまでは遮断できない可能性もあるかもしれません。 今後買収する側の企業は、ターゲット企業が採用している税務ポリシーの確認を今まで以上に行う事が必要になると考えられます。

M&Aを行う際に注意すべき定量的な税務テクニカルリスク

定性的な風評リスク以上に、BEPSが及ぼす可能性のある影響の定量的評価がより買収価格に直結することになります。

M&Aを自己資金で賄わずにLBOローンで調達する場合、ローンを提供する銀行は買収ターゲットが生み出す事業キャッシュフローをローンの返済原資として審査することになりますが、今まで以上に買収ターゲットの税コストの流出の有無に着目することも予想されます。

ローンの利払いは課税所得を圧縮するため税効率的ですが、その税効果を制限するBEPS行動計画2(ハイブリッド・ミスマッチ・アレンジメントの効果の無効化)及び行動計画4(相対的に税負担の軽い国外関連会社に過大に利子を支払うことによる利子の損金算入の制限) については、事業キャッシュフローモデル上でのより正確な税効果を考慮した反映が求められることも考えられます。

また、買収ターゲットの既存の資本ストラクチャーにおいては、欧米のグローバル企業を中心として、有利な租税条約ネットワークを有する持株会社を親会社と各国事業会社との間に介在させることにより、税コストの流出の少ない税効率的な資金還流を今までは達成できていたかもしれません。 BEPS行動計画6(租税条約の濫用の防止)により、租税条約漁り(不当に租税条約の特典を得ようとする行為)と取り扱われかねないかを見直す必要性が今まで以上に高まります。濫用だと取り扱われる可能性が潜在的にある場合には、追加の税コストの流出が生じ、投資効率の悪化及び買収ローン返済にも悪影響を直接及ぼす可能性があります。

ビジネス面での実際のオペレーション/サプライチェーンモデルの観点では、BEPS行動計画7(恒久的施設(PE)認定の人為的回避の防止)の視点で確認を行うことが求められます。 場合によっては、既存オペレーション/サプライチェーンの商流・物流の両面からの変更や、人の移動・機能/権限付与の変更・システムの構築、ひいては新たな移転価格税制ポリシーの策定等の検討を要する想定外の労力を伴うことにもなりかねません。 検討の結果、費用対効果の目線から、税非効率な状態を選択するという結論が導き出されることもあり得ます。

おわりに

BEPS行動計画がOECD諸国をはじめとする各国でそれぞれ具体的にどのようにロールアウトされていくかは、現状は極めて不明瞭なことが多く、 正確に予測をするのが困難であるため、実務上の安定性を伴うにはこの先何年も時間を要するかもしれないとも言われています。 日本企業が実施すべき重要な点は、そのような不確定さが常に付きまとうことを十分に認識した上で、M&Aのリスク評価を定性面及び定量の両方から行っていくことにあると考えられます。 なお、許容できないリスク評価については、例えば税務当局に対する事前照会制度等を活用し、その極小化を可能な限り図っていくことも選択肢として検討する必要があります。


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